第9回公開研究会『質的研究入門-高等教育研究における質的研究のあり方を考える-』開催報告

記事概要:第9回公開研究会『質的研究入門-高等教育研究における質的研究のあり方を考える-』開催報告

開催日時:2019年10月24日(木)

報告者:樊怡舟(広島大学大学院博士課程後期)

 2019年10月24日(木),広島大学東京オフィスにて,第9回公開研究会『質的研究入門-高等教育研究における質的研究のあり方を考える-』が開催された。村澤昌崇副センター長による趣旨説明ののち,白松賢先生(愛媛大学)が登壇し、質的研究方法論に関する興味深い発表をしてくださった。

 白松賢先生は,まず質的研究の発展と分類、特に各種質的研究のパラダイムについて詳説された。そして、教育社会学分野における質的研究の最大の課題は、認識論と方法論の一致に関するもの、と指摘された。研究目的―研究方法―分析―考察から成り立つ研究では、各パートにおける存在論―認識論―方法論の一貫性が保たれていない場合も多い、とのことである。そして、先生からは改めて存在論と認識論に関する丁寧な紹介があり、「実証主義」、「ポスト実証主義」、「解釈主義」、「解釈学」を用いた研究のあり方がわかりやすく説明された。従来、「実証主義」、「ポスト実証主義」が存在論的に基礎づけ主義で、「解釈主義」や「解釈学」が存在論的に反基礎づけ主義であるというのが教育社会学では馴染みのある理解だが、教育社会学領域の解釈的アプローチは「実証主義」の基礎づけを用いているものが多い。解釈主義はポスト実証主義と混同されて用いられていることも多いが,教育社会学には依然として質的調査イコール解釈的という誤解があり,「ポスト実証主義」と「解釈主義」の無自覚な混乱がある。そのうえで、先生は既存の概念や見方を前提にして「Why」を問う実証主義的な関心と、既存の概念や見方自体を疑って「How」を問う相対主義的な関心との違いを解説された。そして、実証主義の認識論を使用した場合、研究の「信頼性」「再現性」「妥当性」が問われるのに対し、解釈主義・解釈学の認識論を使用した時には,新たな評価基準が求められ,その開拓が課題、と強調した。

 続いて、白松先生は教職大学院を例に高等教育の質的研究の課題について論じられた。具体的には、「心理主義」「経験主義」「技術主義」等の方法論上の落とし穴、及び研究倫理の諸課題について、実例を示しながら、注意点を検討した。特に相対性が保たれていない稚拙な記述(記述方法の理解不足,推測と解釈の区別の理解不足)が横行しているという問題、そして「潜在的カリキュラム」や「暗黙知」といった概念の実践への安易な利用といった危険性へ注意を喚起した。そのうえで、高等教育分野における質的研究のあり方を議論し、さらにご自身の研究を例に、実践的に役に立つ質的研究を応用する際のストラテジー及びその応用の可能性を提起した。