記事概要:2月2日(金)第8回公開研究会開催報告
テーマ:「可視化」「数量化」される大学を再考する:東洋経済新報社『大学四季報』を活用した大学ガバナンス・財務経営分析の試み/薬学教育改革以後の薬学部における機関別アウトカムに関する考察
会場:RIHE授業研究開発室
開催日時:2018年2月2日(金)14:00~17:00
報告者:村澤 昌崇准教授
■内容
1.開会挨拶・趣旨説明:渡邉聡(広島大学副学長・大学経営企画室長・高等教育研究開発センター教授)
2.東洋経済新報社様による『大学四季報』他大学関連データのご説明
宇都宮徹(東洋経済新報社 編集局・就職四季報プラスワン編集長)田中久貴(東洋経済新報社 データ事業局・データベース営業部)
3.東洋経済新報社データの活用事例
村澤昌崇(広島大学高等教育研究開発センター)松宮慎治(広島大学大学院教育学研究科)中尾 走(広島大学高等教育研究開発センター)
4.薬学教育改革以後の薬学部における機関別アウトカムに関する考察 速水幹也(椙山女学園大学)
■各報告より:
・東洋経済新報社より:
「データに基づく論評が不可欠」という考えのもとで、企業データの収集に長年注力された経緯が紹介された。近年では、そのデータ収集の一環として地方自治体や大学法人のデータ収集・提供もするようになり、それが『大学四季報』として結実した、という経緯が示された。
さらに、実際のデータの取得方法やデータの提供方法が詳しく披露され、出席した研究者の関心を大いに惹くことになった。特に近年では、大学を取り巻く様々な課題の出現に伴い、関連するデータのニーズも飛躍的に高まっていることが示された。こうしたニーズの高まりにあわせて『大学四季報』で調査対象とする大学数を増やすと共に、御社の強みとして財務関係データの充実や独自のランキング形成へと展開し、今日に至っていることが紹介された。加えて最近では、企業共々「ガバナンス」情報の収集にも関心を寄せていることが明らかにされた。
・村澤報告:
本報告では、東洋経済新報社刊『大学四季報』データに、Web of Scienceで得られた大学機関別論文数のデータおよびその他大学機関レベルの外形的データを用い、研究の生産性と教育の質の両方を加味した大学の活動評価分析を行った。分析にはDEA(College Analysis Ver.6.7:福井正康教授開発)を用い、大学の入力として学生数、大学入学選抜度(偏差値)、人件費、そして出力としてWoS論文数、教員数を用いた(入力に学生数、出力に教員数を用いたのは、教育生産性を教育の質(学生一人あたりの教員数)で代理するためである)。分析の結果、小規模で選抜性の低い大学がむしろ論文生産性の面で高いパフォーマンスを見せ、医療単科系大学の教育の質の高さが示された。所謂研究大学は研究生産性よりも教育の質の高さに特徴があることも示された。本試行的分析の今後の展開として、大学の「範囲」(専門分野構成、大学院、病院の有無など)も加味した分析の可能性を示しつつ、用いる変数に応じて大学の「見え方」が大きく代わり、一部の「大学ランキング」等に過度に依存することには慎重になるべきであることが指摘された。
・中尾報告:
近年の大学の研究力強化に関する政府のキャッチフレーズは「選択と集中」「競争的資金」「機能別分化」である。つまり、旧帝大を中心としたトップ層の大学に重点的な投資を行うことで、研究力の強化をはかろうとしている点に特徴がある。しかし、実際にこれらの政策が研究力の強化につながっているかどうかは、今後の課題として残されたままであった。
そこで本報告では、資金獲得の競争性が高く、獲得額や獲得数の大学間格差が激しい科研費と、各大学のSSCI論文数の関係性について分析した。分析には、R(ver.3.4.3、ライブラリ:quantreg)を用い、トップ層の大学について、科研費あたりのSSCI論文数が以前に比べて落ちており、科研費あたりの研究生産性が大学間で収束傾向であることが明らかになった。今回の分析では科研費を用いたが、他の競争的資金などでも同じことが明らかにされれば、政府の主導する「機能別分化」などの政策が機能していない可能性のあることが推察された。今後は、なぜ重点投資されているはずのトップ層の大学の研究生産性が以前に比べて低下しているのかを分析課題とすることが示された。
・松宮報告:
私立大学に対する競争的配分が進行している。「私立大学等改革総合支援事業」はその嚆矢であり,2013年度から開始されている。本報告では「教育の質」を評価する私立大学等改革総合支援事業タイプ1を対象に,(1)選定されやすいのはどのような大学か(2)選定されれば教育投資は向上するのか,の2点をパネル・データ分析によって明らかにした。分析から,タイプ1に選定されやすいのは,①学生数の多い大学②ST比の低い大学③人件費依存率の高い大学であり,タイプ1への選定が教育投資の向上に対して有意な効果をもたないことを明らかにした。政策的には「頑張っている」(元々教育投資の大きい)大学が選定され,選定された大学の教育投資がさらに向上する,という因果を想定していることに鑑みると,意図された「選択と集中」が事実上機能していない可能性あることが示唆された。
・速水報告
本報告は,①公開データの利用や二次分析を行うことによるメリット/デメリットの提示と共有,②高等教育における公開データを用いた研究例の紹介,③自身の薬学部を対象とした研究報告,という3点を中心として発表した。
特に③については,薬学部を有する各機関を単位として,「大学ランキング」,「大学四季報」,文科省公表資料などを用いてデータセットを作成し,(1)大学の特性,教育の質,学生の基礎学力,薬剤師国家試験受験率,機関別財務状況を示す諸変数を独立変数とし,薬剤師国家試験国家試験合格率を従属変数とした(薬剤師国家試験合格率の)規定要因分析,(2)機関別の標準年限卒業率の年次推移の素描を行った。
結果は,第一に,国家試験合格率は学生の入学次の基礎学力に強く規定されていると考えられること,第二に,教育の質変数や財務状況などの基礎学力以外の変数は,少なくとも今回の分析モデルについて有意な結果を示さなかったこと,第三に,標準年限卒業率は改革後に悪化・停滞の傾向を示しており,特に下位大学の卒業率が50%を割り込む状況にあること,の3点であった。特に,薬学教育改革の目的は臨床現場で働く薬剤師の高度化であったことから,卒業率の低下や基礎学力に規定された合格率は,薬剤師養成のために投入した資源の意味/価値を揺さぶり得ることが示された。
今後は,モデル及び諸変数の精緻化が課題となる。特に教育の質を示す変数の効果が微妙に異なることから,より妥当なモデルを検証する必要のあることが指摘された。
<公開研究会の様子>